打たれ弱いママの徒然日記ー子育てや留学体験記など

打たれ弱いママの日々を綴ります。

ホームステイという居候

4 月から朝ドラを見ています。爽やかな雰囲気の 15 分間という手軽さ。こういうささやかな楽しみが大事。

 

居候生活を余儀なくされる朝ドラの主人公を見て、イギリスにてホームステイという名の居候生活をしていた高校生時代の私を思い出しました。

 

たとえ実の親の元で育っても、「ここは私の本当の場所じゃないかも」って、誰でも思うのでしょうか。「ここではないどこかへ行きたい」って。

 

居候という立場の人の気持ち、ホームシックってなんだ?など2000年代当時の留学生としての私の気持ちを綴ります。

 

今回の朝ドラの主人公は東京出身の戦災孤児。兄は孤児院に、妹は親戚に、主人公はちょっとしたご縁で北海道の酪農家の家に引き取られます。

 

受け入れ先がたとえどんなに素敵な家庭であったとしても、居候というのは居心地がよくないです。

 

「誰からも文句を言われない、ここは私の正当な居場所なんだ!」

 

居候先って、そんな風には思えないのです。ホームステイという名の居候生活をしていた、高校時代の私を思い出しました。

 

主人公のなっちゃんは、とても礼儀正しく、妙に早く大人にならざるを得なかった子供です。父母を亡くし、兄を頼り、妹を守り生きてきた。生き別れた家族、死に別れた親を思い、一人で思い切り泣く場所も機会も無く過ごしています。

 

 

お兄ちゃんに会いたい。

 

 

居候先の家族の寝ている間に、こんな手紙を書く。こっそりと。家族の寝相や寝言にびっくりして、あわてて小さなランプを消して手紙を隠す。

 

何か悪いことをしているわけではないのに、居候先では、「実の家族を恋しがっている姿」を見せたくないという気持ちはある。

 

ネットも携帯も今のように普及していなかったころ、私が実の家族と会話できるのは、ホームステイ先の家電を使って週に 1 時間だけ。家電を使う許諾は得てるし、電話代も自分持ちであっても、母や父との電話中は、なぜかホストファミリーに対して後ろめたい気持ちがあった。 

 

居候生活を始めた背景や理由は、朝ドラの主人公と私は全く違います。戦災孤児だからではなく、自己希望の留学で私はイギリスに渡った。「一年間絶対にギフアツしないで頑張るだ!」という意地を捨てさえすれば、私には帰る家があった。なっちゃんには帰る家はない。状況は天と地ほど違うかもしれない。それでも何が重なって、ティーンエージャーだった私が見えたのです。

 

同じドラマや同じ光景を見ても、人は皆全く違うものを感じとる。自分の心の中にあるフィルターを通して、この世界を見ているから。そしてそのフィルターは千差万別。

 

戦後期を書いたドラマを見ていたのに 2000 年代のイギリスが浮かぶ。あの頃、心の安寧を必死で求めてホームシックにもなった。「ホーム」とはなにか。あの時の私は一体何を恋しがっていたのでしょうか。

 

留学、旅行、引越、なんでも。これまでの「ホーム」を離れると、不思議とその「ホーム」が何か、自分が何を「ホーム」と思っていたのか、見えてくるものかもしれません。