打たれ弱いママの徒然日記ー子育てや留学体験記など

打たれ弱いママの日々を綴ります。

「1 つだけでは多すぎる」

3つのりんごは何個に見える?」→「2人乗りベビーカーの旅路」と、数字が入るものが続いていたので、「1」に関わるもの記事を書きたくなりました。

「 1 つだけでは多すぎる」

 

先日はこんな言葉に出会いました。私が尊敬するキャリアカウンセリングの先生に教えていただきました。先生曰く、「 1 つのことだけを考えすぎると視界が狭くなったり、重たくなりすぎる」とのこと。

例えば、自分の人生のすべてを犠牲にして、自分の全力を一人娘だけに投入して生きるとどうなるでしょう。その娘側は、いつも監視されているようで窮屈さを感じ、母親は娘の「成功」によってのみしか幸せを感じることがない。どう見ても不健全。

 

私の解釈は「人の役割や居場所は 2 つ以上ある方が良い」です。

 

あなたなら、どう捉えますか?

 

「居場所は 2 つ以上ある方が良い」

私は、自らの人生を通じてそう感じます。なんなら 3 つ以上あっても良い。学校に行きたくない、家にも居たくない、そんな時期があったからです。

この世界の、どこにも居たくない。あんな思いはもうしたくない。

 

もし居場所が 1 しかなかったら?もし、もし、そこで追い詰められていたり、いじめられたりしていたら?

 

私は打たれ弱いし、臆病です。だから、保険が欲しい。

 

A という居場所で上手くいってなくても、「私には B という活躍している場がある」と思えると、安心しませんか?A しかないと、そこでダメになると即、死を意味するに近い背水の陣。

要するに、逃げ道が欲しい。やっぱり逃げるは恥だが役に立つのだ。

 

ドM の頑張り屋さんなら、「崖っぷちに立ってからが本番よ!」と思うかもしれません。私は、そんなに強くないです。例えば、仕事で崖っぷちに立って、精神的にボロボロになって、その状態で母親として子供に接したくないのです。私がそうしたくない。

 

「自分の限界がどこか知るために生きてるわけじゃない」って B'z の歌詞であったなぁ。20 代半ばくらいまでは、限界まで挑戦してこそ!とか思ってたけど、もうそんなことしたくない。 

 

居場所が多けりゃ多いほど良いって問題でもない。役割が増えればタスクも責任も増える。何個の居場所で、何%くらいの時間を費やすのか、そのベスト状態は人それぞれだし、同じ人間でも 1 年も経てば変わる。

 

一般論や社会通念に惑わされない、私だけの「ベスト」な居場所の数と、それぞれの深さ。それって何個くらいなんだろう?