酒、麻薬、○○中毒。人を狂わせるものたち。
日常的に口にしている砂糖もまた、人を狂わせる。
「砂糖の世界史」という本を読んで、それを思い知った。
人々の血と涙と汗と。それを経て、砂糖はかくも世界中に広まったということが、まざまざと伝わる本。ジャレッド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」好きにはオススメ。
ケーキ、シリアル、ビスケット、煮物。日常的に口にする食べ物に、砂糖は含まれている。
元々希少で、高価で、神秘の象徴でもあった砂糖。
如何様にして、それが世界的な食べ物となり、むしろ飽和状態になって行くのか。その歴史を紐解くと見えてきたことを書きます。
■砂糖とは?
甘い味のする白い粉。または茶色い粉。原材料はサトウキビ、てんさい、など。
ケーキ、シリアル、ビスケット、煮物。日常的に口にする食べ物に、砂糖は含まれている。
血糖値を上げて、人を元気にすることもあれば、取り過ぎで糖尿病などの病を引き起こすこともある。
■砂糖の価値
原初の砂糖はサトウキビから出来ている。サトウキビはある程度の高温多湿でなければ育たないので、生産可能な土地は、地球上でも限られている。
サトウキビを育てるのも、そこから砂糖に加工するのも、かなりの手間暇がかかる。
サトウキビを育てると土壌が貧しくなり、その後の農作にも悪影響になる。ゆえ、兎にも角にも、砂糖は貴重だった。
胡椒 1 グラムが銀 1 グラムと当価値で取引されていた時代があったように、砂糖もまた高価値だった。
■どうやって広まったの?
原産はインドだか、メソポタミアだかとにかく南国。(いい加減な記憶でごめんなさい)
イスラム人がヨーロッパに運び、それをヨーロッパ人が世界中に広めたらしい。
ヨーロッパ人の広め方ってのが、かなり非人道的。南北アメリカを植民地化(侵略)して、黒人奴隷を使って砂糖を作らせる事により、大量生産して、生産量を増やした。プランテーションってやつ。
サトウキビを育てる土地を求め、砂糖を求め、アメリカ大陸を侵略した、と言っても過言ではないかもしれない。じゃなきゃ、大航海時代にサトウキビの苗を持って、大西洋を渡らなかったはず。
サトウキビは育てるにも、砂糖を精製するのも大変な手間。「砂糖あるところに奴隷あり」。ヨーロッパ人による侵略は、世界各地に砂糖と同時に奴隷も広めたらしい。
かつての覇者であるイギリスやオランダは、奴隷貿易で大儲けしたとか。アフリカにて奴隷を「調達」して、他国に売りつける。要するに、誘拐と人身売買。
イギリスに6年間暮らし、かの国を愛していようとも、ここは露ほども擁護できない。
■奴隷貿易に関する感想
奴隷貿易って、どう捉えても違法の非人道的行為。「十字軍物語」と同じく、「キリスト教徒でなければ人にあらず」の発想だったのだろうか。
アフリカで黒人を捕獲、誘拐しては、船でアメリカ大陸に連れて行き、奴隷として売りさばく。
砂糖欲しさに、砂糖が産む利益欲しさに、人々は狂っていったとしか思えない。砂糖以外にも、コーヒー豆や綿、紅茶、多くのものが奴隷たちによって大量生産された。
コーヒーも砂糖も紅茶も、この奴隷の血と涙と汗によって、ここまで世に広がった。各地に黒人奴隷が沢山いて、その子孫は今でも差別や迫害を受けている。
そう思うと、コーヒーを飲むのも、砂糖を食すのも、なんだか罪深い気持ちになる。
コーヒーエキスが圧力で抽出されるように、奴隷たちも圧をかけられ、エネルギーも人間としての尊厳も奪われたのではないか、と。
元来は高価で希少だった砂糖。今では、安価になりこの世に砂糖はありあまるほどあって、糖尿病やら肥満やらの原因にもなっている。気軽に砂糖を手に入れられる様になるまでには、何人の命を犠牲にして、何人の血と汗を流したのだろうか。
その血と汗と涙があって、現代、200円程度でキットカットやらビスケットやらを食せるのだ。
私は、寺の娘なのに、信心深いとは言えない。けど、浄土真宗の開祖、親鸞聖人の教え「(罪を認識できた)悪人ほど救われる」には深く納得する。
自らの命とは、色んな命や何かの犠牲があってこそ成り立つ。その事実を直視し、「自分は聖人君子ではない」と認め、犠牲になったものに感謝する。「悪人」こそが、それをできるのだ、という教え。
免罪符を売り受けて設けていた中世のキリスト教とは違うなぁ。宗教ってのは、人を救うために人間が作り出したもののはず。人を苦しめてどうする。(人を苦しめるのも、救うのも、結局は自分自身のみ。宗教も他人も自分を救うことはできない。この話は長くなるので、このへんでお終いにします)
■歴史の学び方
歴史の学び方、教え方について、考え直した方が良いな、と心底思った。
著者のあとがきに書いてあった。
歴史を学ぶとは、年号や出来事をただ学ぶだけではない。物事を追って見て行くと、過去は今につながっている、世界はつながっているのだと知ること。
ジャレッドダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」、塩野七生の「ローマ人の物語」、池上彰の「大世界史」。いずれも、私が心を動かされた本たち。
ローマ人の物語 (1) ― ローマは一日にして成らず(上) (新潮文庫)
いずれも、「歴史とは、出来事がバラバラにあるのではなく、過去は今に、世界は全ては繫がっている」というメッセージがある。
その繋がりを見つければ、歴史は他人事ではなく自分事になる。
こういう教え方は、学校ではなかなか、してもらえない。
我が娘たちには、家で歴史はこんな風に教えたい。
ま、歴史を教えるよりも先に、トイレのしつけや、洗濯物の扱いとか、そういうもっとエッセンシャルな事柄が、待っているが。
家を建てるのも、装飾品を考えるのは最後。まずは、土台作りから。
10年後くらいかなぁ。娘たちと、主人とで食卓を囲み、いつかこんな家庭内歴史トークをできる日が来ることを、夢見てる。
そこにいる全員が、笑っていますように。 そのためには、まず、今日の自分が笑えるように。
「夢見てる」と言えば、れーちゃんは、ときどき寝る前に「123のゆめみてる WORLDLIBRARY
」を読みたがる。これって長いんだよなぁ・・「しろくま一匹、〇〇2人、」みたい100近くまで数えるので、なかなか辛い。早く寝てくれ。
絵本なんて読まなくても、早く一人で寝るようになってほしいものだなぁ・・・。と、少しでも楽をしたいわたしは、思わずにいられない。砂糖と同じく、「楽をしたい」というのも、人を狂わすものなのか、否か。
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